とりかえっこ

あなたの才能を高く買います。
年齢は、一〇歳から三三歳まで。性別は問いません。
採用は一人、面接にて決定します。
面接では、まんがの素材になる、あなたの面白い体験をお聞きします。
電話の上、
履歴書、自叙伝、をお送り下さい。
書類審査で、面接者を決定します。

あなたの作品、次の一、ニ、三のどれか二つを
一週間以内に用意して置いてください。
(一:文学、ニ:漫画、絵画、イラスト、三:作曲譜面)
家族、親戚、友人、恋人、の写真。
家族の映ったビデオ。を持参してください。

面接された方には、謝礼一万円。
採用契約の際は、打合せを一時間します。
お帰りのときに、一億円振り込みます。
その後は、契約書にしたがって、お支払いたします。

漫画家  とりか えっこ

「おい、おまえ、これ見ろよ、打合せだけで、一億円くれるんだと」
「え〜っ、どれどれ…」
「でも、裏がありそうだな」
「うまい事なんてないわよ。それにあなた、四五だもん。失格ね」
「職安に行ってみるか」
「そうよ、新聞ばかり見てないで…。
 あなたこのごろ、世間音痴になってるわ。今は、職安じゃなくて、ハロー何とかって言うのよ」
「おまえもいい加減だな。ハローページじゃあるまいし…」

「タダイマ」
「舞が帰ってきた、あなた」
「う、うん」

「あああ、お父さん、今日も会社行かなかったのお。布団に入って熱があるふりなんかして〜」
「あ、舞か、明日から行くよ。今日は、もう少し大事とって…」
「昨日だって元気なのに、そう言ってた。
 読みもしないのに、新聞なんか持っちゃって…さかさだよ、新聞。あれ?」
「なんだ、どうかしたか」
「とりか えっこ が、広告出してる」
「おまえ、知ってるのか?」
「知らないのお! 有名だよ。女流漫画の神様的存在よ」

「わあ! 会って見たい! ねえ、自叙伝ってなあに」
「舞、まさか行くつもりか? 怪しいぞ、そのとりかえっこ」
「この『新聞』と、『とりかえっこ』なら、信用できるわ」
「採用されないに決まってる。やめとけ!」
「わたし、一一だから、面接ぐらいならできるかも…」
 舞は、そう言うと、ばたばたと二階へ駆け上がりました。

 数日して、一通の手紙が届いた。舞ちゃん宛てのものだった。

『はじめまして、舞ちゃん。とりか えっこ です。
 あなたの、自叙伝を読みました。
 なかなかユニークな性格のようですね。
 小学生なのに、素晴らしい文章力があり、感心しました。
 しかも、私の漫画も、よく見ていますね。
本はよく読んでいるし、知識は豊富だし、
そのうえ、すごい、宝まで持っている。
若さです。
 どこか違うなと思っていたら、パソコンもやり、
 音楽も、吹奏学部で、大活躍してますね。
 素晴らしい。
 漫画も、あなたのオリジナルが沢山あるとか…
 ぜひ読ませてください。
 学校から帰ったら、私の事務所にきていただけますか? 
 電話の上、同封の地図を頼りに来てください。』

 舞ちゃんは、親に内緒で、事務所に来ていた。事務所には、アシスタントのお姉さんが向こうの部屋に、何人か見える。
「こちらでお待ち下さい」
 ひとりのお姉さんが、紅茶をテーブルの上に置いた。狭い応接室は、ガラスのある書棚があり、びっしり本が入っている。
「霊体」 「心のメカニズム」 「脳の働き」 「記憶と脳」
 目の前の、本の題名を見ていると、その本棚が急に横に動きだし、年老いた老人がそこから出てきた。

「君が、舞ちゃんか。私が、とりか えっこ です」
 舞ちゃんはびっくりして、小さな声で言いました。
「センセイハ、オトコ、ナンデスネ…」
「びっくりしたようだね。あれは、ペンネームだからね。
 まま、とにかく、こちらへ入ってください」
 本棚の向こうが部屋になっている。戸惑いながらも、舞ちゃんは、うながされるまま部屋に入った。

 部屋の中は、黒いカーテンで囲まれ、薄暗い照明で、漫画の占い師の館に思えた。
 老人とりかえっこは、かなり疲れているようだった。
「写真や作品を見せてくれないかね」
「これです。でも、私のうち、ビデオカメラが無いので…」
「ハハ、そんなこと心配しなくてもいい。話が聞きたい」

 作品を見せた後、舞ちゃんは、しばらく、家族の話とか、友達の話とか、いろいろと、プライベートな事を、詳しく聞かれた。

「ところで、舞ちゃん、私になってみないかね。
 舞ちゃんの心が私に乗り移り、私の心が舞ちゃんの中に入るんだよ」
 変なこと言うな、漫画のアイデアかな、などと思いながら、舞ちゃんは黙っていた。
「嘘だと、思ってるね。騙されたと思って、試してみようよ」
そう言うと、舞ちゃんの目をじっと見つめて、真剣な顔になった。
「……」
 舞ちゃんは、怖くなっても何も言えないで、とりかえっこを見ていた。

 舞ちゃんは、変な感じで、はっとして、目の前を見ると、女の子が座っている。いや、舞ちゃんが、鏡を見ているみたいに、そっくりな子が居る。
 そっくりさんは、後ろから鏡をとり出して、舞ちゃんに向けた。
「どう、入れ替われたね」
 そっくりさんが言う。
 鏡の中で、とりかえっこが、びっくりした顔をしている。
「今日から君が、とりかえっこだ」
「いや、気持ち悪い、帰して!」
「そのまま帰る事できるならね」
「もとにもどして!」
「ふふ、だめだわ! さっきお姉さんが、君のサインをもらったでしょう。
 あれは、契約書なの。
 ここに来た記念じゃないの」
「あれは、白紙だったわ…ウ、ゴホ、ゴホ」
「聡明な頭脳が、まだ残っているようね。その部分も頂くわ」
「あっ、いやあ、やめてえ」
 舞ちゃんの、とりかえっこは、気絶してしまいました。

 偽物の舞ちゃんはつぶやきました。
 霊体移動なんてできなくても、脳の組織は、自由に移動できる。
 この歳になって、やっと、霊体移動の仕組みが、わかった。
 あら、いけない、私、舞ちゃんになって、いたんだわ。もう、歳なんかじゃないわ! 
 霊体は、いつでも移動できる。それだけじゃ何も変わらないのよね。
 脳の必要な部分を移植して、はじめて霊体移動する。並の手術じゃ無理ね。そこで、霊が関係してるなんて…。

 にせ舞ちゃんは、書棚をスイッチで動かして、アシスタントのいる部屋に入り、言った。
「みなさん、全て、うまくいきました。
 これからは、とりか舞 が、デビュウします。
 あの、特別室で、とりかえっこは気絶しています。
 皆さんは、とりかえっこの代弁者になってください。
 ここに、とりかえっこの考えの入ったテープと、
 原稿があります。記者会見で、発表してください。
 私は、舞ちゃんの家に、とりあえず行きます」
 スタッフは、黙ったまま、うなずいていた。

 数日が過ぎました。
 舞ちゃんは、いつもと変わり無く学校から、帰ってきました。
「舞、このごろ学校から帰るとすぐ、とりかえっこの所に行くんだな」
「舞ちゃん、最近変わったわねえ」
「だって、とりかさんに気にいられてんだもん」

 つけっぱなしのテレビから、ニュースが流れていました。
「漫画家の、とりかえっこさんが、今朝、肺癌で亡くなりました。
 記者会見で、事務所代表は、
 とりかさんの生前の声と、遺書を披露しました」

「おい、舞、とりかさんがガンで死んだぞ」
「そんなこと、知ってるわよ。じゃあ、行ってくる!」
「舞、待ちなさい!」
「行かないといけないのよ〜、いってきまあす」

 舞に入った、とりかえっこは、気づいていない。取り替えたつもりでも、舞の頭脳の殆どを戻してしまったことを…。
 舞の頭脳はショックで、眠っているだけなのだが、それが目覚めたとき、何が起こるかは誰も知らない。

1997/12/23 発表 1998/01/12 改稿 HIKARI:ひびきひかり:HIBIKI


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